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WELCOME to MaJuNoN*/Blog
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2001年生まれの淳(Jun♂)ちゃんと、
2008年に家族になった真乃(Mano♀)ちゃんとの、
日常を思い出に残すBlogです✿

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From.Hiromi
MaJuNoN*/Blog

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全てが何気ない事からでした
淳とは本当に運命だったんだな~って、
写真を見て
そう実感しました。

淳と出会ったとき、
娘はまだ幼稚園に通っていて、
娘を見送りしてから何気なく、ペットショップに
ふらりと何故か行き、
そこに淳がいて、
やだ♡可愛い♡(*゚∀゚)って思い、
抱っこしたら…
淳ったら(笑)私の腕の上で寝たんです。

連れて帰りたい!!!!!!!
と思い…

それが淳との出会いで永遠の始まりでした。


そして、
お別れのときも。
お別れの前日になるとも思わず、
ふいに、
今日は淳とプリクラ撮る♪って、
珍しく淳と何気なくプリクラ撮りました


本当の運命って、
何気ないとこから全てが始まるんだな~って実感しました。





淳と最後に過ごす事となった日の写真です。


一緒に、淳とのカフェに行ったのですが、
椅子の下から珍しく私を探して手に顔を乗せてきました。

可愛いことするな淳め(笑)ってあの時思って写真撮ったけど、
こんなに永遠の思い出になるなんて。


自分がいなくなる時が、
淳との本当のお別れの時だと思っています。

淳にもう一度会いたい抱っこしたい一緒に過ごしたいと願えば願うほど、
やっぱり、
辛くて苦しくなってしまいます。


淳と出会った時の様に、
この先いつか、
本当の運命の出逢いで出逢える子が居るならば、
その時、また、愛犬に人生捧げる人生を生きたいなって
思います。

そういう出逢いがあるのかないのか
まるっきりわかりませんが、
私に とっても、淳に とっても、
淳は永遠のパートナーで相棒です。

いま、改めて、
愛犬を迎い入れる事の命の尊さを、
いま改めて実感しています。

もし、本当に運命の出逢いの子がいるなら、
その大切な命と一緒に生きていける人生をもう一度、
自分が死ぬまでに生きたいなって
思います。


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✩*⋆¸¸.•*¨*


私はお部屋に淳のお骨があっても、
淳のお骨と毎日向き合う事がありません。

でも
一緒にいた思い出をやっと、
幸せに思い返せるようになりました。

最初は、
私が淳に出逢わなければ淳は病気にならなかったんじゃないかって
そう思い、
悔やんだり悲しんだりする事しかできませんでした。

でも今やっと、
自分が淳と出逢えて良かったんだって
思えるようになりました。


コロコロで重たかった淳(笑)

娘が生まれた時、
初めて抱いた時の感触って、
21年経った今でも忘れませんが、
淳を抱っこしていた時のあの淳のムクムクも
軽くなってしまった時の淳も
ずっと腕の中に残っています。

私が居なくなってしまったら
淳もいなくなってしまうんじゃないかって、
最近思うようになって、
一生涯のパートナーの意味を実感しています。

自分のこと
世界で一番愛してくれていたんだな~って
淳から幸せを改めて貰っています。

あと…
最近になって気がついたのですが、
ずっと淳はホワイトポメラニアンだと思っていました。
が、
淳は恐らくカフェオレです。(* ॑꒳ ॑* )⋆*

ポメちゃんの毛の色の種類の名前をよく知らないのでクリームと言う名前の毛の色なのかもしれませんが。

時々、
ペットショップの前を通ると、
ポメちゃんいるかな~♪って
眺めに行きます。

お散歩しているポメちゃん見かけると
撫でたくなったりしますが、
万が一泣いてしまったらどうしようと思い、眺めて我慢しています。

淳もよく声をかけてもらいました(*´∀`*)


本当は淳にもう一度会いたいです。
1日だけでもいいから
1日淳ともう一度過ごしたいです。

淳の生まれ変わりの子がこの世にいるのなら、
出逢いたいです。

色々な事を願い、思ってしまいます。


淳と別れて、
二日目の夜、
私はもがきたくなるほど
苦しくて苦しくて苦しくて本当に辛かったです。

夜は毎晩泣いて過ごしました。

とにかく辛いしかありませんでした。

でも、
あの辛さの先にあったものは、
淳が世界で一番愛してくれていたと言う幸せでした。


淳が死んだ時、
私は「犬の死後の魂はどこへ行くのか」って調べました。

本当かどうかわからないけど、
自分が他界したとき、
生前の姿で待っててくれているそうで、
私はそれを信じていま生きてます。

もし、
本当なら、
本当なら幸せな事だな~って心から思いました(* ॑꒳ ॑* )⋆*






一年が過ぎて
淳と最後のお別れしてから
一年が過ぎました。

私はどれだけの年月、悲しんで生きるのだろうかと、
考えた日もありました。

淳ともうすぐお別れだ…と覚悟してから、
淳とお別れの日がやってきて、
生きてないけど眠ってる様にしか見えない淳と過ごし、
淳の姿とお別れし…。

辛くて深い悲しみと言うものを経験し、
支えてくれた人の温かみに触れ、
生きていくと言う大切さを改めて教えてもらい、
生きて行かなければいけないんだと、
淳とのお別れを少しずつ受け入れて、
一年を過ごせました。

最初は、
淳が死んでしまったら、
どこを探してもどこにも居なくなるからそんなの絶対に!!!嫌だって、
生きて元気な時はそう思っていました。


でもふと、
自転車に乗ってる時に、
自分の心の中でずっと生き続けるってこういうことなんだな~って
思いました。

今でも、
淳に会いたいって思うと、
涙はでてきます。
もう会えないし抱っこできないって思うと
今でも胸が苦しくなります。

でも、
苦しくなることがとても辛いです。


淳がまだとっても元気だったときは、
最後の時がきたらどうしようって
恐怖と悲しみでいっぱいになりましたが、
でも、そう思う時は、
お別れの時はまだずっと先の証です。

本当に本当にお別れの時がやってきたときは、
目を背けられない程にそれを悟り、
覚悟します。

覚悟せざる得ないと言うべきか…。

でも、
ずっとずっとずっと、
愛し続ける事ができるのは自分が生きているからで、
失うわけでは決してないんだって、
初めて知りました。

愛し続けた姿は失うけど、
淳を失ったわけではないです。


自分が死ぬまでずっと、
私は淳を愛し続けて生きていきます。

淳に出逢えた奇跡と言う宝物を
私は淳に貰いました。


もうすぐ


じゅんがお昼寝してたときの写真です。


時々、
真乃ちゃんを抱いて、
あったかいな~って命の尊さを感じています。

楽しそうにお散歩してる風景を見ると、
いいな~って思ったり、
じゅんもあぁだったなこうだったな~って
思い出して愛しくなってみたり。

ただ、
どうしても会いたいと、
願ってしまうと、
とっても辛くなります。

この子の最期までずっと一緒にって、
あの日初めて淳に出逢った日の
一生の思いを叶えることが出来たことは本当に幸せな事でした。

今の暮らしでなかったら、
私は、
きっと
もう一度人生のパートナーに人生捧げたいと思ったかもしれません。

淳の様に運命の出逢いがあるのならば。

淳が亡くなってから、
7月で一年が経ちますが、
何年経っても
私はきっと、
時々こうして
ブログを書くと思います。







今年は桜が咲くのも暖かくなるのも、
去年よりちょっと遅いですね。

咲き始めた桜を見て、
去年の今日はまだ淳と一緒にいたな~って、
一緒に桜を見たな~って、
大切な思い出になった淳との事を思い出していました。

辛くなる事がとっても怖くて、
自分で書いてたブログ読むと、
悲しい事書いてたのが最後になってて、
またあの時の事思い出しちゃうので、
少しずつ、
悲しい事書かない淳との事を書いておこうと思いました。

こんなに、淳との人生があって、
幸せなはずなのに、
悲しい気持ちばかり綴ったら、
自分も悲しいし、
淳との人生の思い出が悲しいものに変わっちゃうって、
思ったからです。

淳は本当に可愛い奴でした。
私にとって、
あれほどまでに大切で可愛いものはないです。

ほんと
もう一回淳に会いたいし淳を抱きたいし、
できる事ならこの世で淳の生まれ変わりに出会いたいです。

お別れの日がやってきて、
淳を思い悲しくなる事は、
淳が居た、淳が生きてた証だと
そう思えるようになりました。

甘えん坊ちゃん


娘が大好きな真乃ちゃん(* ॑꒳ ॑* )⋆*



娘が時々、
真乃の可愛い姿を写真撮って送ってくれます。

あまりにも可愛いと
LINEのFaceTimeで真乃の姿見せてくれます(笑)





自分の誕生日が終わるまでの少しの間、
淳との思い出に変わってしまった、
確かに淳が居た日々の自分のブログを
読んで過ごしてました。

胸が張り裂ける事はなくなりましたが、
もう会えないことが、
どうしても諦められないと言うか。

本当に
何気ない写真を残してきて良かったって
今は心から思うばかりです。

私が28歳の時に初めて出逢った淳。
44歳の誕生日を迎えた時は淳の姿とは一緒に居れませんでした。

他のワンちゃんは触れ合えるんですけど
ポメちゃん見ると泣いてしまうから
近寄りたいけど遠くから眺めるしかできなくて。

日々の生活の中で、
幸せだと感じたり、
楽しいと感じたりする事、
変わらずあります。

もう一度、
淳と一緒に居たいです。

どんなに願っても絶対に叶う事の願いだとわかるから、
涙もいっぱい出てきます。

自分にはこの先も、淳とともに生きてきた16年よりも
長い人生があるけれど、
淳にとって、
自分が一生涯のたった一人の存在でいられたこと、
本当に幸せに思います。

出逢えた事が奇跡だった淳。


真乃ちゃん元気です。
娘にベッタリ甘えん坊です。(笑)

娘が真乃の写真を送ってくれたり
真乃がベッタリだとFaceTimeで見せてくれます。



今日は淳の初七日忌です。

時間が経つのが残酷に感じたり、
苦しくて苦しくてどうしようもなかったり、
本当にたくさんの色々な悲しい気持ちを
味わいました。

でも
1番…本当に1番悲しかったのは
淳のお骨を引き取りに行った時でした。

あんな気持ちで涙が出たのは初めてでした。

過ぎて行く時間の中で生きて生活していますが、
頭の中は、
あの日のままで止まったままです。

これ程までにかけがえのない大切なもの、
この世にはないです。





三十五日忌と
四十九日忌と、
百ヶ日忌と…。

四十九日忌までは公休と重なっているので、
四十九日忌の日は、
お寺へ行き、供養のお経をしていただきに行こうと思っています。




あした
娘が幼稚園の年長さんの時に出逢い、
娘が二十歳のお誕生日を迎えるまで人生を一緒に歩んだ淳です。

いつの日だったか、
あれ…淳は歩けなくなってきたなって
そう感じてから、
殆ど歩けなくなった淳でした。

その頃から、
淳とのお別れは本当にもうすぐなんだって、
嫌でも感じ、悟りました。

覚悟もしましたが…

こんなにも辛く悲しい事があるものなのかと、
辛く重い時間だけが流れ続けました。

もう一度淳に会いたい、
せめてあともう一日一緒にいたい、
生きてる淳を抱きたい、
と…
淳をお寺につれて行ってからは
本当に本当に辛くて真っ暗闇の中でした。

眠ってる様に息をしない淳の姿を見ては、
それでもこの姿を手放したくないと思いました。

22日に最後の日を迎え、
23日の夕方にお寺へ行ってきました。

24日の朝に、火葬でした。

明日、
お骨を引き取りに行きます。




淳との最後の一枚となった写真です。
見れば死ぬ程辛い気持ちに襲われます。

でも、
自分のそばに居てくれる人にも
その人の大切な時間が流れている事、
娘の人生もある事、
自分自身もこれから生きて行かなければいけないことがあるんだと、
教えられました。

お骨を引き取りに行ったら、
この先ずっと一緒に居られるんだと、
今は思っています。

生まれ変わっても、
また淳に出逢い、
人生を共に歩みたいです。

いまの私には、
出逢った時と最後の時しか思い出せません。

生まれてきてくれてありがとうと、
いま
改めて思っています。
出逢えて一緒に過ごせた事が奇跡の淳との人生。

長い闘病生活だった淳。

16年一緒にいた淳。

今日の朝、淳が永眠しました。


最後は、淳を看取る事ができませんでした。
この一ヶ月のあいだで、
歩けなくなってきた矢先、
夏、越せるかなって思っていましたが…。

初めて淳と出逢ったあの日から、
今日まで、
本当に本当に、
長かった様でとってもあっという間でした。



私の人生のなかで一緒にいてくれた淳。

闘病日記になってしまうのが嫌で
ずっとブログ書かずにきました。

昨日、一緒に淳と過ごして
今日も一緒に過ごせると思っていました。

昨日一緒に過ごしたのが、最後でした。

もう一度生きてる淳に会いたいと思うと胸が張り裂けます。

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